伝えたいこと

楽しいことも悲しいことも、色々発信していきたいです。

将来やってみたいこと

 いのちを生き切るとはどいうことかは僕にも未だにわかっていませんが、そういうことを子どもたちと一緒になって追求していけるような何かをやってみたいと思っています。もちろんいますぐではないですが。短めの更新ですが、ひとまず最近私の考えていることです。

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こころの声を聴くということ

 「Caught in the undertow…」。Linkin Parkの名曲「Numb」の一節です。「The undertow」という言葉は、日本語で言うところの川の「底流」のことです。Numbの歌詞を読み解いていくと、その意味は、自分自身の表面的な感情だけではなく、心の底(底流)の本来聞こえてこない「こころの声」に耳を傾けよ、といったところでしょう。自分のこころの底にある「こころの声」を、川の水面からは見えない底流に例えているのだと思います。非常に感情的な意味合いの強い言葉で、わたしの大好きな一節です。
 Linkin Parkの名曲の一節を事例にあげましたが、「こころの声」を「聴く」とはいったいどのようなことなのでしょうか。改めて自分なりに検討してみたいと思います。

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あたりまえ・常識

 普段のわたしたちは、周囲のあたりまえや常識という概念によって強く縛られて生きています。行動の基準が自分自身ではないため、そういった社会のあたりまえや常識に沿って生きることは、ある意味楽であるという考え方もできます。しかしその反面、そういった概念によって「自分らしさ」を見失ってしまったり、あるいは無視されてしまうという問題点があることも事実です。
 実生活を振り返ってみると思い当たることはないでしょうか。本当は自分はこうしたいのに、ああしたいのに、という気持ちがあるにも関わらず、それでも常識やあたりまえに沿って生きなければならないために窮屈な思いをするということが。そして最終的に、「自分らしさ」を喪失してしまったり無視されてしまうということになるわけです。わたしは、「あたりまえ」や「常識」が浸透しきってしまっている今だからこそ、自分の「こころの声」に耳を傾けてみることが重要なことであるように思います。

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「ことば」は感じるもの

 日々の生活の中でのわたしの困りごとのひとつに、自分のいまの「きもち」を相手に上手に伝えることが下手だということが挙げられます。言い方を少し変えれば、自分の「きもち」を表現するための「ことば」を知らなさすぎるといったほうがいいかもしれません。知らないことによって相手との会話にすれ違いが生じてしまうこともたまにあります。自分自身に対しての残念な気持ちと、相手への申し訳ない気持ちでいっぱいになります。そこで、最近こういう本を暇なときに読んでいます。

感情ことば選び辞典

感情ことば選び辞典

まさしく、人間の「きもち」に関する言葉の辞典です。感情表現豊かな小説をたくさん読んでいくほうがより実践的な勉強になるのかもしれませんが、学術書を読むことのほうが多いわたしにとっては、ひとまず「きもち」に関する語彙力をつけるためにもちょっとずついろいろな言葉を覚えるようにしています。

結局のところ自分の気持ちって…

 そうやって勉強をしてみることも大切なことだと思います。しかし、実生活を振り返ってみると、相手の「きもち」や自分の「きもち」をいくら言葉で表現してみたところで、完全に他者の「きもち」を理解をすることは不可能なのではないかとも感じています。どれだけ話し上手な人だって、どれだけカウンセリングの上手なカウンセラーだって、人間の「きもち」を完全に理解することなんてできないものではないでしょうか。日々の人間関係ですれ違いが生じてしまうことが証明しています。
 だからわたしは、語彙力をつけることも重要なことだとは思いながらも、話している相手の「こころ」に耳を傾けようとすることも大切にしていきたいと思います。相手のきもちを完全に理解しようとは思わないですが、それでも理解しようとする心意気は忘れてはいけないこと。だから、相手の「こころ」を「ことば」を通して感じること、耳を傾けること、これが日々の人間関係を送っていくうえで大切なことなのではないかと思います。

 すごく抽象的でわかりづらい書き方になってしまいました。つまり、相手とのコミュニケーションは「ことば」そのものにとらわれ過ぎないことを頭に置きながら、「ことば」の裏にある「きもち」を感じることが大切なのではないか、ということです。だから、ことばというのは「聴く」のではなく「感じる」ことのほうが、もしかすると大切なことであるようにも考えられますね。